友の運命 (西田博之)
2019年5月19日 主日礼拝
聖書箇所 ヨハネ15:14 「友の運命」
イエス・キリストが私たちを友としてくださったので、めぐみの広さ深さ大きさを知ることができます。しかし、際限が無いので私たちは全てを知ることは出来ません。そのため繰り返し同じ聖書の箇所を読んでも異なる福音を与えてくださるのです。福音を知識として理解すること、自分の枠組みの中に入れて固定することは、庭信仰であり律法の中にいることです。言い換えれば、宗教としてイエス・キリストを信じて、自分の力で苦難の道を歩もうとする者です。神様は福音を各々の賜物を通して教えてくださいますが、私たちには肉体という枠組みがあるので、私たちに合わせて限られた範囲の福音を見せてくださるのです。
私たちにとってイエス・キリストは一番古くからの友です。人間側からイエス・キリストの友となることは出来ません。イエス・キリストが選び、一方的に友とされました。これから神様がなさろうとすることも含めて全てを分かち合われます。アブラハムはソドムを滅ぼすことを予め神様から教えられました。アブラハムはそれを口外しないで秘密を守りました。ただそこに住む甥のロトを助けてくださるように願いました。アブラハムにとって神様の秘密(福音)を共有することは辛いことでした。同じように友とされた私たちには、聖書を通して秘密(福音)を教えられます。
まことの福音を知らない人々のためにイエス・キリストが涙を流して祈られたように、やがて涙を流して祈るようになります。神様の審判が下されることを叫ばなければならないのです。周りから馬鹿にされ迫害されるという苦難の道を神様によって歩まされるのです。それが友の運命です。しかしイエス・キリストの道を歩まされた者は御国で慰めを受けるのです。
聖書箇所:第一コリント13:11、箴言16:18、マタイ23:15、第二コリント10:13、イザヤ41:8、創世記18:16-17、創世記19:29、ヨハネ11:32-35、ルカ19:41-44、エレミヤ1:4-10、黙示録21:1-4、詩篇56:8、詩篇23:4-5、黙示録21:14
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